福井
児玉さんは本大学のドイツ文学科を卒業された後、すぐに東宝ニューフェイスの試験に合格されて映画俳優となり、その後に知性派のテレビスターとして活躍してこられました。現在までのほぼ半世紀の足取りをご自身で振り返ったエッセー集『負けるのは美しく』(集英社刊)では、人柄の温かみが伝わるすばらしい筆の冴えも見せておられますね。
児玉
現在の学習院大学の就職状況はすばらしいようですが、当時は社会状況が現在とは違っていましたし、俳優になったのはいわば偶然も作用しためぐり合わせなんです。
福井
演劇は学生時代からですか。
児玉
ええ。それに面白い体験もしました。たまたま一学年上のフランス文学科の学生に、現在は大学名誉教授になっておいでの篠沢秀夫先生がおられて、ラシーヌの『ブリタニキュス』をフランス語で上演したいから、その主役を私にやれという。ドイツ語はともかくフランス語なんてまるでできなかったんです(笑)。音で聴いて必死でせりふを覚えて、観劇したフランス人からもほめられました。こうした学生同士の和気あいあいとした付き合いというか、切磋琢磨が、結果としてその後の私の俳優人生にもおおいに意味があった、と思っています。
福井
大学生活は、もちろん専門の勉強はしてもらわなければいけませんが、クラブ活動であるとか学生同士の付き合いを通して、「人としての生き方」とか「人を思いやる力」をつけてもらう、そういう場だと思っています。
児玉
学生同士の距離も近かったのですが、学生と教師との距離も近かった。学科の先生方からはたいへん厳しく指導されて、はじめはなんて怖いんだろうと思ったのですが、実に良く学生一人ひとりを見てくれていることが、後になって分かりました。言葉を大切にする感覚や、英語のハードカバーで小説を読む楽しみも、こうした大学時代の経験がもとになっている、と思っています。また、学習院独特の落ち着いたキャンパスの雰囲気も好きでした。そういった点はずっと変わらずにいて欲しいですね。
福井
少人数教育の良さですね、学生一人ひとりを良く見た教育がしっかりできるというのは。今でもその基本は変わりませんし、変えてはならないと思っています。
(現在ではドイツ文学科はドイツ語圏文化学科、フランス文学科はフランス語圏文化学科に改編されています。)

(2007年10月19日 朝日新聞東京本社版朝刊、読売新聞東京本社版朝刊掲載) |