ダーウィンが唱えた生物の進化をゲノムをキーワードに実証する
京都大学理学研究科を舞台に、進化の仕組みを実証する画期的な挑戦が始まっています。ダーウィンに始まる進化論を疑う人はあまりいませんが、進化を科学的に実証した研究はありません。グローバルCOEプログラム(G-COE)に採択されている「生物の多様性と進化研究のための拠点形成」は、「ゲノム(1)」をコアにして、マクロ生物学(2)からミクロ生物学(3)まですべての生物学の知を結集し体系化する「新しい生物学」を創成することで、進化の実証に挑みます。実験室では、ゲノム解析と遺伝子操作の技術を駆使して進化を再現する、わくわくする研究が続けられています。
50年間、1300世代を暗闇で飼育
された「暗黒ショウジョウバエ」
京都大学の理学研究科には50年間1300余世代にわたり暗闇の中で飼育されているショウジョウバエがいます。名付けて「暗黒ショウジョウバエ」。暗闇という環境が行動にどのような変化をもたらすのかを研究するために飼育されてきたものです。暗闇の中で飼育されているうちに、行動のほか、体を覆う感覚毛が長くなるなど形質にも変化が現れたことが分かっています。
G-COEの研究グループは、暗黒ショウジョウバエのゲノムを解析する作業に乗り出しています。普通のショウジョウバエとのゲノムの違いを調べることで、千世代を超える長い期間、暗闇の中で飼育されたことにより固定された形質や行動の変化に対応する遺伝子の変化を特定するのが目的です。
遺伝子操作の技術を使って、特定された遺伝子を普通のショウジョウバエに注入することで、同じような変化が起きれば、遺伝子の変化と行動や形質の変化の対応が、科学的に明らかになります。つまり、「生存環境の変化の中で選択された行動や形質の変化」=進化に対応するゲノムの変化を特定することで、遺伝子の突然変異と自然選択の帰結と説明されてきた進化のシステムが、実験的に証明されることになるのです。
ゲノムをコアに
マクロとミクロの生物学を統合
拠点リーダーの阿形清和教授は、その意義をこう説明します。「例えば、ヒトとチンパンジーは同じ生物種から枝分かれして進化した近似種であることを疑う人はほとんどいませんが、それを科学的な実験で証明した人はいません。ヒトとチンパンジーの関係を実験で証明するのは、倫理的な問題から不可能ですが、ショウジョウバエなどを使って、進化のメカニズムを科学的に実証できれば、画期的なことです」
その研究に挑むために拠点が取り組んでいるのが、ミクロからマクロまであらゆる階層の生物学の英知を結集する「新しい生物学」の創成です。
生物の進化は、遺伝子や分子、細胞、個体、個体群、さらには生態系まで、さまざまな階層を統合的に研究して初めて理解できるものですが、生物学の研究スタイルは、遺伝子を研究する人は遺伝子だけを、個体の行動を研究する人はその階層での研究に集中するのが主流で、階層を越えての研究はあまり奨励されてこなかったと言います。階層を越えての研究は、それを科学的に実証するのが難しかったためです。
ところが、ゲノム解析と遺伝子操作の技術の登場により、状況は一変しました。ゲノムを解析して形質や行動を規定していると推測される遺伝子の配列を探し出し、その遺伝子を遺伝子操作によって生物に注入して形質や行動の変化を確認することで、形質や行動を規定する遺伝子を特定することができるようになった からです。
ゲノム解析と遺伝子操作の技術で
進化の過程を再現する
G-COEの拠点では、暗黒ショウジョウバエの研究のほか、クラゲに“脳”を持たせたり、ヘビに“足”を生えさせたりといった実証により、進化のメカニズムを検証するさまざまな研究に取り組んでいます。
生物は単純な構造の散在神経系の生物から、複雑な集中神経(脳)系を持つ生物へと進化したと考えられています。クラゲには脳はありませんが、集中神経系が形成されるスイッチとなる遺伝子を特定しクラゲに注入することで、クラゲの体内で神経系の集中化が起これば、進化の過程で、散在神経系を集中神経系に変化させた遺伝子の存在を証明する手がかりが得られると考えられるからです。ヘビを使った研究では、現在のヘビが足を失うに至った進化の過程を実験室で「再現」しようとしています。
そして、こうした研究により拠点が目指しているのが、「ゲノム」を接着剤として、これまでほとんど共同で研究することのなかった生物学の各階層の研究者の知を結集・体系化し、進化のメカニズムを実証する新しい生物学の創成なのです。
ミクロ生物学とマクロ生物学の
両方のセンスを併せ持つ
新世代の研究者を育成
拠点では、これまで敬遠されがちだった階層横断的な生物学を発展させていく新世代の研究者の育成に力を注いでいます。
京都大学理学研究科で生物学を学ぶ大学院生には、専攻に関わらず、生物学のすべての分野を一通り体験するインターラボラトリー制度が導入されています。さらに、今年度の新入生からは、屋久島を舞台に生態系や昆虫やサルなどの行動を観察するフィールド実習や、フィールドで採集した動植物の細胞を使って実験室でゲノム解析をする実習が始まりました。つまり、生態系からゲノムまで、あらゆる階層の生物学を学ぶ実習です。
阿形教授は語ります。「我々が生物学を学んだ時代は、生物学が博物学を脱却しサイエンスとしての地位を得たばかりのときだったので、階層を飛び越えた博物学的アプローチは意図的に避けられ、進化の検証は時期尚早という雰囲気がありました。しかし、時代は確実に進展し、進化の過程で起こっていることを、マクロからミクロまですべてのレベルで統合的に理解できる研究者を育成して、ゲノム科学と共に新しい生物学を発展させることが必要です。研究だけでなく、そのような学生や研究者を育てていくことが、G-COEの拠点の大きな役割だと考えています」

